August 2011
加藤:今回の原発報道では、NHKの水野倫之解説委員と山崎淑行記者が注目を集めましたね。
池上:水野解説委員は私の後輩で一緒に仕事をしており ました。彼は今回の事故が起きるはるか昔からずーっと原子力問題を追いかけ、研究を重ね、本が書けるほど知見を重ねてきました。ただし、実のところ、水野 解説委員は、今回原発事故があったから出番があったわけで、じゃあその前にNHKには彼のような原子力の専門記者がいなかったかというと、歴代何人もの先 輩記者が同様に原子力問題に取り組んで、専門性を磨いてきました。大きな事故がなかったがゆえに、その知見を胸に閉まって引退してきたのです。
加藤:先ほどのヘリの話と同じですね。あと、これは、石澤典夫アナウンサーに伺ったことがあるのですが、全国の市町村名をただしく読み上げるアナウンサーの訓練というのも、常日頃なさっているようです。これも専門知の鍛錬と言えますね。
池上:はい。彼らの専門知識は「いざ」がない限り、コ ストです。でもそれをコストではなく、いかなる「いざ」にも応えるためのメディアの「資産」だ、とみなしたから、水野解説委員のような人材がいるわけで す。残念ながら、民間放送局においては、社内に専門家があまりいなかった。これが報道の質の差となってしまったわけです。
” —なぜ日本人はリスクマネジメントができないのか?:日経ビジネスオンライン諸君、私は戦争が好きだ: wids.net (via do-nothing)
諸君、私はTumblrが好きだ
(via petapeta)
諸君、私はTumblrが好きだ
諸君、私はTumblrが好きだ
諸君、私はTumblrが大好きだ
reblogが好きだ
postが好きだ
Quoteが好きだ
notesが好きだ
likeが好きだ
webで
家で
職場で
毎日で
脳内で
この地上に存在するありとあらゆるTumblrが大好きだ
全体が個であり個が全体であるtumblrが好きだ
dsbdがコンテンツにあふれかえってる時など心がおどる
内部で強力に利害が一致しているtumblrが好きだ
一生かかっても世の中のすべてを見れないと思う時など胸がすくような気持ちだった
カオスから浮上してすましている表のtumblogが好きだ
深く潜っているとに、すばらしいPOSTに出会えた時など感動すらおぼえる
エロ画像にこっそりLikeをつけた時などもうたまらない
ばらばらのコンテンツが一つの物語を紡いだ時など絶頂すら覚える
諸君 私はTumblrを望んでいる
諸君 私に付き従うTumblr好きの諸君 君たちは一体何を望んでいる?
更なるTumblrを望むか
糞の様なTumblrを望むか?
Tumblr!! Tumblr!! Tumblr!!
よろしい ならばTumblrだ
だが、現実ででつまらない毎日に耐え続けて来た我々には
ただのTumblrではもはや足りない!!
大Tumblrを!! 一心不乱の大Tumblrを!!
我々はわずかに小数
twitterユーザに比べれば物の数ではない
だが諸君は一騎当千のフィルターだと私は信じている
ならば我らは諸君と私で総兵力100万と1人のWEBリミックス集団となる
Tumblrには奴らの哲学では思いもよらないがある事を思い出させてやる
1000人のフィルターの集団で 世界を埋め尽くしてやる
状況を開始せよ
征くぞ 諸君
(via thresholdnote) reblog! reblog! reblog! (via petapeta)
(via vmconverter)
(via nemoi) (via gutarin) 2009-05-31 (via gkojay) (via petapeta) (via shinoddddd)
「初めてなんか作るときは、まず東急ハンズの店員さんに包み隠さずやりたいことを話せ」” —@nifty:デイリーポータルZ:ついに節水ゴマにもカラーバリエーションの波 (via squarejewel)
パソコン万歳、RSS万歳~『ネット速読の達人ワザ』 - it’s a small market (via myjcakd)
たんぶらーもまさにそれ。
(via mcsgsym)
○ 「心配しないで」とハドソンさんが言ったのは、この第一話で繰り返される(running gagと英語では言う)、「えーと、お2人はどういうご関係で?」というネタ。「ベッドルームがもうひとつ要るなら、上にありますからね」と。奇しくもつ い先日、セサミストリートで世界的人気な長年同居男性コンビ(アーニーとバート)に ついて、同じ質問がされたばかり。「アーニーとバートは実はゲイのカップルなんじゃないか? そろそろ結婚させてあげたらどうだ?」というネット署名に、 制作側が「マペットに性的指向はありません」と答える無粋な顛末があったばかり。そして、このアーニーとバートの遥か昔から、「えーと、独身の男二人が長 年同居していて、えーとそれはどういうご関係で?」と、下手な詮索をされてきたのが、ホームズとワトソン(ワトソンはけっこうさっさと結婚するにもかかわ らず)。19世紀末のビクトリア朝イギリスでは「名乗ることも許されなかった愛」について、逆に21世紀イギリスでは、取り上げない方がむしろ不自然。な ので、「SHERLOCK」第一話ではこの「テーマ」が執拗に。
○ 「SHERLOCK」初見の時、「ああ、これは(ホームズ・パロディにありがちな)タイムスリップものではなくて、本当に現代版のホームズなん だ。このホームズとワトソンは私と同時代人なんだ」と私の中に染み込んだのは、現代ロンドンやスマホやパソコンが登場するからではなく、こうして同性愛 (の可能性)がオープンに言及されていたから。そして、二人が「シャーロック」「ジョン」と呼び合うから。つまり、感覚や考え方が21世紀初頭の人間のも のだったから。こうして書いていても、「シャーロック」「ジョン」と書くより「ホームズ」「ワトソン」と書く方が自分には遥かに自然なのだが、21世紀の この二人は「シャーロック」「ジョン」と呼び合うしかなかったと、製作陣もコメンタリーで話している。現代イギリスの男同士が、姓で呼び合うのは、むしろ 不自然だから。
これまでも折に触れて書いているが、ファーストネームを呼ぶかファミリーネームを呼ぶかの意味合いが、戦前のイギリスと戦後のイギリスで大きく変 化している。20世紀初頭を描くE.M.フォースター作品などはこの辺の機微が作品理解の要だったりするのだが、戦前のイギリスで階級が対等な男同士が ファーストネームで呼び合うなど、家族でない限り(あるいは恋愛感情がない限り)、まずあり得ない。それだけに、「ホームズ」「ワトソン」ではなく 「シャーロック」「ジョン」と呼び合う二人の姿は、私にはけっこう「おおおお!」と違和感で、その違和感こそが「これは現代版ホームズなんだ」と納得させ られるきっかけだった。なんというか、スマホやパソコンを使ってタクシーを乗り回してるだけなら、それは小手先だけの「現代版」だと思うのだけど、お互い を「シャーロック」「ジョン」と呼び合うことに何の違和感も感じない二人は、実に現代のホームズとワトソンだと腑に落ちたのだ。
” —BBCドラマ『Sherlock シャーロック』第一話について、ネタバレで騒ぐ - 水川青話質の高い評価が欲しいのであれば、Google+へ。たくさんの人から色々な評価が欲しいのであれば、Twitterで。後者は、多くの人に影響を与える分、批判や叩きも内包している。どちらを選ぶかはあなた次第。” —
Twitter / @wasarasan (via wasara)
自分だけ気持ち良ければいいならTumblrへ
(via petapeta)
2011-05-05 (via gkojax-text)
好意的な文章を書いてはいけない、と言うお達しがあったにもかかわらず
素直に自分家のレコード棚を持ち出せるipodは素晴らしいって書いちゃった萩原健太さんが
「萩原健太の書いた原稿を載せた雑誌には広告載せない」という方法で干されてた記憶があります。
それを思い出しました。 当然全てのメディアでほぼ干されてました。” —
オリコンの雑誌コメント訴訟、オリコン側が請求放棄 (via otsune) (via boosted) (via sametimesameplace) (via appbank)
おーこわ。
(via show10a) (via ssbt) (via ritchantaiin) (via mcsgsym) 2009-08-06 (via yasaiitame) (via mcsgsym)
(via poeticevil)
(via misoka) (via layer13) (via shinoddddd)
ココというゴリラが研究者のムーリンと
「死」について会話した内容は
次のとおりです
ムー:念を押しますよ、
このゴリラは生きているの、
それとも死んでいる?
ココ:死んでいる さようなら。
ムー:ゴリラは死ぬとき、どう感じるかしら?
--しあわせ、かなしい、それとも怖い?
ココ:眠る。
ムー:ゴリラは死ぬと、どこにいくの?
ココ:苦労のない 穴に さようなら。
ムー:いつゴリラは死ぬの?
ココ:年とり 病気で。
どうですか
僕はこの部分を読んだとき
身震いしたのを覚えています
人間と同じじゃないか と
ちなみに手話の素は英語です
「苦労のない 穴に さようなら。」
の原文は
“Comfortable hole bye.”
となっているようです
良い言葉ですね
「苦労のない 穴に さようなら。」
いずれは僕も
「眠る」 そして
「苦労のない 穴に さようなら。」
といきたいものです
” —ゴリラの死生観 | coach-bali (via tkr)
2009-10-06 (via gkojay) (via pokalin) (via yukino556) (via precall) (via skaholic) (via hacktoown) (via kynbit)
幼い頃、田舎に帰った時のこと
だだっ広い居間でゴロゴロしてたら、スズメバチが入ってきた
中央付近をヴーヴー飛んでて出て行く気配がなくて、怖くておばあちゃんに泣きついた
そしたらばあちゃん、「大丈夫だよ」ってにっこり笑ってライターに火を付けて、キンチョールを噴射
即席の火炎放射器で焼き払ってくれた
そっちの方が怖かった
” —トラのメ! : スズメバチに囲まれたら、どうすればいいんだっけ? (via hardboiledhog)
和菓子屋と旅館、両方に共通していたのは、「自分が良く見られたい」という心を徹底的に排除しているということだった。和菓子屋なら、良い和菓子を 作るのが目的であって、その和菓子を作っている自分が良く見られることではない。旅館なら、お客さんにとって良いことをするのが目的であって、自分が良い 従業員だと褒められるためにするのではない、ということなのだろう。
これはなかなか、簡単なことではないだろうな、と思った。部下にとっても簡単なことではないが、上司にとっても簡単なことではないだろう。なぜなら、上司は自分のご機嫌を取ろうとする部下を可愛がってはいけない、ということなのだから。
部下は、上司に気に入られようと、形だけ良く見せるほうが楽だ。上司も、自分のご機嫌を取ってくれる部下は気持ちが良い。油断すると楽な方へ 行ってしまうが、たぶん、この楽さは最初だけの一時的なもので、長期的には、やがて自分たちの首を絞めてしまうものなのだろう。従業員が「顧客より上司の 顔色を伺っているほうが、この会社内で生き残っていける」と思ってしまった会社は、集団内においては、「ムラ社会」的な居心地の悪さを作り出し、会社としては、徐々に衰退していく道だから。
” —相手のための気遣いと、自分が嫌われないための気遣い - yuhka-unoの日記 (via rajendra)2009-12-13 (via yasaiitame) (via mcsgsym) (via dannnao) (via suzukichiyo) (via mori-shi)
Twitter - tawara_machi (俵万智)
『歌壇』九月号から
(via nanashino)
はずだ」「情報や知識は口を開けて待っていれば勝手に入ってくる」この3つが揃うと、出所不明のデマは信じるわりに他人の話を聞かなくなる感じ。” —Twitter / @RPM99