" 必要なのは自分を評価してくれる人物ではなく、評価の外に置いてくれる相手である。学業や仕事の業績とは何の関係もなく、特に意味のない会話でもそれじたいを尊いものとして理解してくれるような、精神的立て直しの手助けを引き受ける存在だ。相談に対して回答を用意するのではなく(それだと評価の一環になってしまう)、忌憚のない意見を聞かせるのでもなく(当然のことだ)、触れ合っていることそのものに、短くはあっても時間を共有していることに、継続的な安心感をもたらしてくれる人間を人は人として持たなければならない。あるいはそのような人に、自分がならないといけない。
秋葉原の事件を見て、そんなことを考えた。"
秋葉原の事件を見て、そんなことを考えた。"